
「佐賀の七賢人」は、幕末から明治時代にかけて活躍した、佐賀藩出身の偉人七人の総称です。
1871年に廃藩置県を行う。1872年に司法卿、1873年には参議に就任。
1868年に東京府知事、1871年に初代文部卿、1873年に参議、司法卿、1880年に元老院議長に就任。
1870年、参議、1873年、参議兼大蔵卿になる。1882年3月、立憲改進党結成。同年10月、東京専門学校(現在の早稲田大学)を開校。1888年、外務大臣、1898年、内閣総理大臣(第1次大隈内閣)。1914年、二度目の内閣総理大臣(第2次大隈内閣)。
1855年に日本初の蒸気機関車模型を完成させる。
1867年にパリ万博にて赤十字について知る。1877年に大給恒らと博愛社を創設。1880年大蔵卿に就任。1887年に博愛社を日本赤十字社と改める。
1856年~1857年に北海道と樺太を探検・調査。1869年に北海道開拓使主席判官に就任し、札幌のまちづくりの指揮をとる。1871年に秋田県令(現在の秋田県知事)に就任。
1869年に参議、1871年に外務卿、1892年に内務大臣に就任。
1830年に佐賀藩の第十代藩主となる。武雄領主鍋島茂義の影響を受け開明政策を採用し、1834年に佐賀城下に医学館を建てる。(この後好生館と名を変え、今の佐賀県立病院好生館の原型となっている。)1850年に今の佐賀市に反射炉を建てる。1869年に北海道開拓使長官になる。